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ハッピードムドム by完全にノンフィクション 小野恭介

完全にノンフィクションというバンドのドラムスでございます。バンドのことをより楽しんでもらえればハッピーです。ドムドム。

音の塊が飛んでくる

  こんにちは。完ドラの小野です。

  未来も過去も無い、瞬間があるだけ。といったような歌だったり、瞬間のなかに永遠があるといった言葉にそうだと納得して、刹那主義という解釈には陥らずひたすらひたむきに信じてきた幾年かの時間がそこそこの長さになってきて、そんな歌を歌うその人ももう30年以上も歌うことを続けているという事実がこの思いを助長させてもいるのだが、たとえ全てが瞬間の出来事に過ぎないとしても、何かを続けるということに肯定的に思いを馳せてみるのは良いことだと最近は思っております。
  そもそも僕は少年時代そういったロックやパンクにシビれてきたクチではあるけども、それを地でいく人生に憧れはしなかった(いい歳になった今でこそ憧れてしまうけれど)。

  昔、当時僕がやっていたバンドで対バンさせてもらった平均年齢で言っても一回り半くらいは歳上のバンドの人たちが海外の由緒あるプログレのフェスに出演を果たしまして、そのリーダーの方と何度かお話させてもらったのですが、「長く続けてるとね、何かにはなれる」と一度言ってはって、僕はその言葉の意味は勿論やけど、その、おっしゃったときの表情がなんとも良くて忘れられない。
  きっと、気を遣っていただいたのだと、いい歳になった今では若い人に気を遣う感じはもっとリアルにわかるが、22、3歳だった当時の僕にもそれは感じた。そのバンドはいわゆる売れ線とはかけ離れた音楽性だから、CDセールスの数字で結果を語るのは野暮なことだし、年齢も大人だから同世代のファンがいたとしても毎回は来れない。若い客層のライブハウスでは音楽が素晴らしくても「すごいおっちゃんたち」という認識が勝つために若者はびびってしまいがちだから、行く先々で動員が増え続ける、なんてうまい具合にはいかなかった(多分)。平たく言うと、形として成果というものが見えにくいバンドだっただろうなと思う。
  音楽そのものが好きで、なかでもこういう感じ、こういう方向性、手触り、世界との距離感、世界像、文体、音質、音圧、グルーヴ、などの理想的なビジョンがあって、それを複数の人間でバンドという形でやり続けるとさらに予想外の発見や進化がある。続けるというのは「夢を追い続ける」とか「目標や目的を完遂するために維持している一定の状態」のことではなく、ただそうありたいと望んでそうなった、それだけで完結している状態のことだ。つまり「売れたい」や「音楽でメシを食いたい」とはまた別のことで、人間は自我があるからそっちの自我に類する感情と折り合いをつけながらバンドを続けるわけだけど、個人の欲ではない何かが確かにある、と色んなバンドを見てて思うし、これは芸術をやる人ならみんな知ってる当たり前のこととして話を進めたいのですが、創作というのは音楽なら音楽に、というか、広い意味ではどんな芸術表現も芸術文化そのものに敬意を払っていることが肝心で、己のためだけに表現されたものは芸術に成らない。文化に敬意を払うというのはそれ自体が世界に働きかけていること、世界に奉仕・貢献しようとしていることで、不特定多数の人がそれに触れて感動できるのは作り手に共感したのではなく作品に共感したり刺激を受けるからだ。で、そのバンドはそこの点をクリアしているから僕は初見の一発目の音を聴いていきなり感動したのだと今では言葉で言えるが、当時はそんなところまで考えてないからとにかくすごいとか好きとかしか言えなかった。個々人の演奏力が超一流なのも、それらを持ち寄りバンドの音として鍛え上げ得た由縁も芸術に対する一途な敬意の顕れだったに違いない。
  リーダーのNさんが「長く続けてるとね、何かにはなれる」と言った時の表情は、目の前にいる浅い付き合いしかない若いバンドマンの僕にたった一度だけ見せた隙だ。とても穏やかで嬉しそうだった。バンド続けてみるのも悪くない、人生捨てたもんじゃないよ、という意味合いで言ってくれたとても励みになる言葉だと解釈しているが、僕にはその時のNさんのストレートな表情が語っている以上に物語っていたことがなんとも良くて忘れられない。

  ちょうかっこいい。

  この時、僕は完全に作品云々よりその人柄にシビれている。素敵な作品をつくるから素敵な人だと感じていたこっちの印象を追い越していく。こんな佇まいでいれる人はそりゃあすごい音楽をつくるし素晴らしいライブをするわ、という風に思い直す。何に感動したかなんてどうでもいい。感動したという事実が大切だ。

  こんなことを思い出して書いているのはつい先日対バンできたカッパマイナスがいるからです。
  カッパマイナスも、もう随分昔になるけど初めて観た時からヒーローで、そりゃあもう衝撃で、別所君上野君は既に観てたから教えてもらったのがきっかけですが、そりゃあもう、僕らの周りは騒然となった。
「音の塊が飛んでくる」「とにかくかっこいい」「ライブこわい」「喋ったらめちゃめちゃいい人ら」
  僕らより少し歳上なのもあって、かっこいいお兄さんの代表みたいな風に僕は勝手に思ってて、今回対バンが決まった時からずっと楽しみにしていたのですが、個人的にはライブを拝見するのは何年か振りで、それでもあの姿がそこにある、カッパマイナスやぁ、というカッパマイナス特有のものが変わらずあって、昔みたいに何度も拳を突き上げた。
  ヒーローはこの日からスーパーヒーローになり、カッパマイナスはカッパマイナスの美しさが続いている、ということが今の完全にノンフィクションにとって刮目すべき事実だから、どんなに周りのバンドが解散して入れ替わろうが自分たちがそうありたいと望んでそうなっている状態を続けていく所存だ、と、どのバンドも思うのと同じように完全にノンフィクションも続けていく所存だから、僕らが誰かにとってのカッパマイナスになりたいなんていうおこがましいことは全然言いたくなくて、長く続けてると何かになるらしいそれを確かめに行きたいとかそういうのでもなくて、とにかく続けていたいと思った。完全にノンフィクションが維持され、続いている、それだけで完結していると言えるような、そんな美しさがあってもいいじゃない。
  今はまだ新鮮なこんな気持ちが、今後またもっと充分になじんできた頃合いにこの手のブログを再び冷静に書こうかと思いますが、現在のたぎる思いはこれはこれでそのまま書いておこうと決めて今日は書きました。読んで下さってありがとうございました。
  活動のすべて、一つ一つの所作を大切にしていこう、と先日メンバーで話し合ったのはここだけの話。毎度その姿勢を忘れずにと思っておりますので今後とも完全にノンフィクションをよろしくお願い致します。


  ドラム小野